いなほ随想
特 集


仏塔巡り歩る記


滝沢公夫(30法)

<第5集>

連載第30回


★今回から文化財の最も多い、本命の近畿地方に入ります。筆者が昔、大阪勤務当時に度々訪れた仏塔も数多いが、出来るだけ、その後再び巡った際の印象を基本に、記して行きたい。

[京都府編]

◆国内で最も優れた仏塔のひとつ[醍醐寺・五重塔(国宝)](京都市伏見区醍醐伽藍町)

★昔は京阪電鉄六地蔵駅からバスで行ったが、現在は地下鉄東西線の終点、醍醐で下車してすぐとなり、本当に便利になった。総門と仁王門から境内に入ると、国宝である金堂の右手は広場のようになっており、その真ん中に醍醐寺の五重塔が厳然と屹立している。高さは38メートル、相輪が全体の3分の1を占め、軒の出や逓減も適正で、極めて調和のとれた美塔だ。このような仏塔は、滅多にはないと思う。


醍醐寺・五重塔

★五重塔は平安時代の建立で、国宝となっており、京都で最古の建造物といわれる。また、内部には密教関係の絵画があり、これも国宝となっている。本当に比類のない仏塔だ。

★醍醐寺は平安時代前期の開基で、醍醐天皇が勅願寺として堂宇を整備し、隆盛になったという。途中で、仏塔を除いて兵火により全焼したが、秀吉が再興し、現在の素晴らしい境内の様相になったようだ。

★仏塔や金堂等、多くの堂塔の立ち並ぶ三宝院の地域を山下と言い、ここから少し登ったところに、秀吉が花見の宴を催した場所があり、その表示が立っている。更に急坂を喘ぎながら1時間ばかり登ると、また別の寺域に達する。ここは山上と言われる。この山上にも何回か登ったが、苦労して登る価値のある場所だと思う。各種の堂宇が散在し、山上の仏教都市の感じだ。准胝観音堂は西国33観音霊場11番札所になっており、多くの巡礼者が苦労して登ってくる。しかし、このお堂が昨年焼失したとのことで、本当に残念だ。

★山上には、その他国宝の薬師堂や重文の開山堂等多くの堂宇があり、見所が豊富だ。特に、開山堂からの展望は素晴らしい。この寺は、山上、山下ともに見所が多く、特に山下の仏塔周辺の景観は素敵だ。バランスが良く、風格のある仏塔を眺めていると、本当に時間の経過を忘れてしまうのだ。




◆極楽浄土を思わせる[浄瑠璃寺・三重塔(国宝)](相楽郡加茂町西小札場40)

★近鉄奈良駅からバスでも行けるが、岩船寺とともに、定期観光バスを利用するのも良い手段だ。

★小さな門を入り、季節によって色々な花々が咲き乱れる参道を行くと、大きな宝池に突き当たる。この池の左側(東)に浄瑠璃寺の三重塔がある。全体的に優美で、気品が漲っている。池に写る朱色も、なんとも言えない美しさだ。仏塔は平安時代の建立で、国宝となっている。高さは16メートルほど、内部には重文の薬師如来が安置されている。


浄瑠璃寺・三重塔

★宝池を挟んだ反対側(西)には、横長の本堂がある。ここには、九体の阿弥陀如来が整然と安置され、素晴らしい迫力だ。本堂とともに国宝になっている。また、重文の吉祥天立像もあるが、これはなんも艶かしく美しい。昔は常時見られたが、現在は、特定の日しか見られないのが残念だ。

★浄瑠璃寺は、かなり古い開基のようだが、平安時代には、既に藤原氏と深い関係にあったとのことだ。現在、西国薬師霊場のひとつとなっていて、観光客のほかにも多くの信者を集めている。

宝池越に三重塔を望む 浄瑠璃寺・本堂

★池を真ん中にして、向き合う仏塔と本堂、境内全体が素晴らしい極楽浄土を表しているように思う。この不便な地にわざわざ来た甲斐があるというものだ。



◆古色蒼然の仏塔[岩船寺・三重塔(国指定重文)](相楽郡加茂町岩船上ノ門43)

★岩船寺は、浄瑠璃寺と同様、近鉄奈良駅からバスで行くが、浄瑠璃寺からは山道を30分程度歩けば行けるので、途中、散見する石仏を楽しみながら歩くのも良いだろう。

★寂しい山門から境内に入ると、右手に本堂があり、その裏の小さい池の向こうに三重塔がひっそりと建っている。やや丘陵になっている土地の中腹で、如何にも薄暗い感じだ。高さは20メートルほど、構造は常識的で、全体に姿そのものは優れている。室町時代の建立で、国指定重文となっている。

岩船寺・三重塔

★岩船寺は奈良時代の開基で、途中盛衰を繰り返したが、徳川氏の援助もあって維持して来たようだ。境内には、重文となっている十三重石塔がある程度で、一寸寂しい。やはり、浄瑠璃寺と兼ねたハイキングが楽しいだろう。



◆小さくて特色のある仏塔[海住山寺・五重塔(国宝)](相楽郡加茂町例幣海住山20)

★JR加茂駅からバスでも行けるが、下車後30分大変な急坂を歩くことになるので、タクシーを利用する方が良い。山に登って行くにつれ、次第に眺望は雄大になる。下は、聖武天皇が一時都にした、恭仁京跡と山城国分寺跡になっており、万葉集にある瓶原の地だ。

★曲折ある急坂を登りきると平地があり、山門に入ると、左手に仏塔がちょこりと建っている。屋根が大きく、初層の軸が長く、初層の下には裳階がついており、かなり変わった感じた゛。高さは17メートルと、五重塔としては極めて小さい。奈良の室生寺の五重塔に次ぐ小ささだ。鎌倉時代建立の五重塔としては珍しいもので、国宝となっている。また、仏塔の中心を上下に貫く心柱が、初層の天井で止まっている、最古の例だという。

海住山寺・五重塔
五重塔・初層の裳階部分

★海住山寺寺は、聖武天皇の勅願により開基されたもので、歴史は古い。本堂には本尊の阿弥陀如来と重文の十一面観音が安置されており、荘厳な雰囲気だ。

★再び境内に出て、素晴らしい展望を欲しいままにすると、遠い奈良時代が偲ばれてくる。小さな仏塔と良くマッチした風景であった。




連載第31回

[京都府編]続き(1)

◆日本最大の仏塔[教王護国寺(東寺)・五重塔(国宝)](京都市南区九条町1)

★新幹線が京都に近づくと、教王護国寺(東寺)の五重塔が眼に飛び込んできて、心が躍ってくる。それほど印象深い仏塔だ。京都駅から歩いても行けるが、近鉄の東寺駅からはすぐだ。

★南大門を入ると、すぐ右手に屹立している。本当に見上げるような高さだ。55メートルほどあって、全国で最高の仏塔で、本体の構造は純和様となっており、全体にくすんでいる。如何にも、古塔の名に恥じない名塔だ。もともと平安時代の建立であったが、焼失により、江戸時代前期に再建されたものだ。国宝となっており、名に恥じない。


教王護国寺・五重塔(境内から望む) 五重塔

★教王護国寺は平安時代に弘法大師に賜ったもので、以降兵火による焼失はあったが、特に豊臣氏、徳川氏により復興してきたものという。境内には、金堂、大師堂その他多くの国宝と重文を保有しており、得難い寺だ。

★毎月21日には、弘法大師の命日ということで、弘法市が開催されていて、多くの露店が並んで大変な人出だ。素晴らしい風物詩であり、大師への信仰の篤さが伺われて楽しい。いずれにしても、我国の誇れる素晴らしい仏塔である。


◆御室の桜で有名[仁和寺・五重塔(国指定重文)](京都市御室大内33)

★京福電鉄御室駅からすぐのところにある。仁王門を入ると広大な境内になり、多くの堂宇が並んでいる。さらに中門を入ると、左手に御室の桜があるが、背は低いけれど、花の季節は素晴らしい。

★御室の桜に対面する右側に仁和寺の五重塔が佇んでいる。屋根は瓦葺きで、逓減が少なく、どっしりとしている。高さ32メートル、江戸時代前期の建立で国指定重文となっている。旧法では国宝であった。


仁和寺・五重塔

★仁和寺は、平安時代に天皇の勅願により開基され、御室御所と呼ばれたが、相次ぐ火災により盛衰を繰り返してきたようだ。現在は真言宗御室派大本山となっていて、格式は高い。

境内の庭園から五重の塔を望む

★境内には、金堂、阿弥陀如来等の国宝と、御影堂、仁王門等の重文が数多く保有されているが、やはり仏塔が最も印象的だ。



◆墓地の中の仏塔[金戒光明寺・三重塔(国指定重文)](京都市左京区岡崎黒谷町21)

★京都駅からバスに乗車、岡崎前で降りるとすぐだ。壮大な山門を入ると、広大な境内には堂宇が整然と建ち並んでいる。

中央にある急な石段を右に登って行くと、突き当たりに金戒光明寺の三重塔がある。本瓦葺きの堂々たるもので、簡素ながら均整が取れている。江戸時代前期の建立で、国指定重文になっている。高さは20メートルほど。本尊の文殊菩薩は運慶の作と言われる。


金戒光明寺・三重塔

★仏塔の下は、一面に傾斜した墓地となっており、このような例は珍しいと言えよう。また、仏塔の裏側には、会津藩の広大な墓地があり、この寺が京都守護職を引き受けた松平容保藩主の本陣となっていた等、幕末当時を深く偲ばせるものとなっている。

三重塔から墓地を望む 会津藩士の墓地

★金戒光明寺は、平安時代に法然上人が開いたもので、この場所は黒谷と称されていた。火災が度々あったが、豊臣氏、徳川氏の支援により復旧し、境内には数々の文化財を保有している。浄土宗大本山として、民衆の篤い信仰を集めているようだ。



連載第32回


[京都府編]続き(2)

◆金戒光明寺に隣接[真正極楽寺(真如堂)・三重塔(府指定重文)](京都市左京区浄土寺真如町82)

★前回に紹介した金戒光明寺のすぐ北隣りにある。山門を入ると、適当に堂宇が散在し、本堂の裏にまで並んでいる。

★真正極楽寺の三重塔は、右側に堂々と屹立している。高さ20メートル余り、軒の出は深く、全体のバランスが優れている。江戸時代後期の建立で、府指定重文となっている。本瓦葺きで、江戸特有の装飾はなく、簡素な感覚だ。このような名塔が、国指定になっていないのには、少し疑問が残るところだ。


真正極楽寺・三重塔(奥)

★寺は平安時代の開基で、その後種々の経緯があって、再建、移転を繰り返してきたようだ。寺名の由来は、開基した上人が、ここを真正極楽の霊場と称したことによる、といわれるが、そのような雰囲気が伝わってくる。



◆修学旅行の定番[清水寺・三重塔(国指定重文)](京都市東山区清水1−294)

★京都駅からバスに乗車、清水道で下車して15分程度だ。清水坂をだらだらと上がって行くと、修学旅行の団体と一緒になったりして、なんとなく忙しなくなる。

★西門を入るとすぐ、朱色の華々しい清水寺の三重塔がそそり立っている。高さは30メートルばかり、誠に堂々たるものだ。本瓦葺きで、バランスが良く、各部分も丁寧な造りで好感が持てる。仏塔は、もともと平安時代の建立だが、度々の火災により江戸時代初期に再建された。国指定重文になっているが、それだけのことはある。また、昭和60年代に全面改修し、現在のような極彩色になった。


清水寺・三重塔
三重塔・初層部分

★清水寺は、平安時代初期の開基だが、数々の経緯があり、比叡山僧兵の攻撃で焼失した苦難もあったが、現在法相宗総本山として、西国33観音霊場16番札所になっている。

★境内には堂宇が数多く散在しているが、本堂は国宝になっており、その他本尊十一面観音等重文も多い。また、奥の院の崖下には「音羽の滝」があり、多くの人が清冽な水を汲むために行列をしている。寺の名もここからとられたと言う。

★修学旅行の団体の喧騒には参るが、私にも、ここへ修学旅行に来て騒いだ思い出があり、文句は言えない。多くの観光客が押し寄せる中に、敬虔な信者の祈りも見られ、兎に角大変活力のある寺だ。




◆清水寺内の小塔[清水寺(泰産寺)・三重塔(子安塔)(国指定重文)]

★清水寺本堂の舞台からの眺めは最高だ。ここから谷を隔てた向かい側に、可愛らしい仏塔が見られ、これが本稿の「子安塔」だ。ここは清水寺境内ながら、奥の院の前の小路を左の山側に迂回し、10分ばかりのところに離れている。小さい丘に登ると、三重塔が現れる。

清水寺の本堂から三重塔(子安塔)を望む

★高さ15メートルばかりの小さなもので、各所に痛みが見られるが、全体に軽妙で、良く整っている。清水寺の三重塔と同じく、江戸時代初期の建立と見られ、国指定重文となっている。

清水寺(泰産寺)・三重塔(子安塔)

★この仏塔はもともと泰産寺のもので、寺の外にあったが、明治末にここに移築されたという。安産祈願を目的とするが、ここまでやってくる人は極めて少なく、実に閑散たるものだ。ただ、ここから谷越しに見る清水寺の全景、特に三重塔の美しさは、なんとも言いようのない素晴らしさだ。多くの写真家が好む場所だけある。



◆秀吉一夜の塔[宝積寺・三重塔(国指定重文)](乙訓郡大山崎町銭原1)

★JR山崎駅から、大変な急坂を20分ほど登ると、天王山の中腹に達し、山門から入ると右側の墓地の中に宝積寺の三重塔がある。高さ20メートルほど、瓦葺きで、全体のバランスが良くとれている。桃山時代の建立で、国指定重文となっている。

宝積寺・三重塔
三重塔・初層の組物

★宝積寺は奈良時代の開基で、その後種々の経緯があり、特に山崎合戦や蛤御門の変等による荒廃があったようだ。十一面観音等多くの重文を保有している。寺には大黒天が祀られ、打出の小槌が安置されて、多くの信者が登ってくるそうだ。また仏塔は、秀吉が山崎合戦の勝利を祝い、一夜にして建立したと伝えられている。

★展望の素晴らしいここから見渡すと、近くにはサントリー山崎工場があり、また、長い歴史を秘めた地域であることを実感させられるのだ。




連載第33回

[京都府編]続き(3)

★遊龍松で有名[善峰寺・多宝塔(国指定重文)](京都市西京区大原野小塩町748)

★私は善峰寺に三回行ったことがあるが、一度目には、JR向日町駅からバスで小塩まで行き、ここから30分余り凄い急坂を登った。二度目には、阪急東向日駅からタクシーを利用した。三度目には、バスツアーを利用した。いずれにしても、かなり不便な立地にある。

★仁王門を入ると、広大で丘陵になっている境内には、各種の堂塔が建ち並んでおり、西国33観音霊場20番札所にふさわしく、観光客や信者の姿がかなり多い。多宝塔は石段を登ったところにあり、高さ10メートルほど、可愛らしく、バランスが良く取れていて、惚れ惚れする。江戸時代前期の建立で、国指定重文になっている。



右側が多宝塔(写真を紛失したので、入場券を代替)

★善峰寺は平安時代の開基で、以降種々の経緯はあったが、徳川綱吉の母、桂昌院の寄進により復興されたものという。本尊は千手観音菩薩となっている。境内には種々の植物があり、四季それぞれに素晴らしい景観を持っているが、特に枝垂桜や紅葉の季節は、大変な景勝地という感を深くする。また、仏塔の前にある遊龍松は、長さ20メートルも左右に枝を伸ばして、本当に素晴らしいものだ。桂昌院お手植といわれ、天然記念物に指定されている。

★このような景勝地の中の仏塔は、比較的珍しく、貴重なものといえよう。不便な山道を、苦労して登ってくる甲斐があるというものだ。なお、写真は紛失しており、残念ながら掲出できない。入場券の写真で代替させていただく。




◆嵯峨野の秀麗な仏塔[常寂光寺・多宝塔(国指定重文)](京都市右京区嵯峨小倉山3)

★京福電鉄嵐山駅に降りると、もうここは嵯峨野回りの始点になっていて、大変な人出だ。私も、ここにはあらゆる季節に何回も来ているが、特に紅葉の季節は最高の人出で、またこの時期が散策に最も良い。

★駅から10分程度で常寂光寺の山門に着く。ここは嵯峨野の中心地域だ。山門と仁王門を潜ると石段があり、その上の境内は美しい庭園になっている。更に本堂の裏側に回ると、丘のようなところに多宝塔がある。実に端正で優美な仏塔で、高さ12メートルほど、江戸時代初期の建立であり、国指定重文となっている。京都の町衆が寄進したものといわれる。

常寂光寺・山門 常寂光寺・多宝塔

★常寂光寺は、室町時代の開基のようだが、その辺にはかなり種々の事情があったようで、その後の推移と併せ、明確には分からない。いずれにしても、美しい仏塔と庭園を眺めていると、人々の喧騒にも拘わらず心が洗われてくる。この寺の周囲には、本当に見所が多く、一日ゆっくりと散策したいものだ。




◆清涼寺式釈迦如来で有名[清涼寺(嵯峨釈迦堂)・多宝塔(府指定重文)](京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46)

★前記した常寂光寺のすぐそばにある。壮麗な仁王門から境内に入ると、左手に清涼寺の多宝塔が鎮座している。高さ15メートル程度、一部に彫刻もあり、やや派手な感じのする仏塔だ。ただ、落ち着いた感じがある良い仏塔である。この仏塔は、江戸への出開帳の際に、庶民の寄進により江戸で製作されたもので、これを関西に運んだものと言う。江戸時代元禄のもので、府指定重文になっている。

清涼寺・仁王門
清涼寺・多宝塔

★広大な境内には堂宇が建ち並び、文化財も数多く所蔵している。特に、本堂に安置される釈迦如来は、全国の清涼寺式といわれる仏像の本家であり、国宝になっている。インドからもたらされたという衣紋の翻波形式は独特で、美しい。

★寺は平安時代の創建だが、この間色々の経緯はあったようだ。  




連載第34回

[京都府編]続き4
◆丹波地方唯一の札所[穴太寺(あなおじ)・多宝塔(府指定重文)](京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻46)

★山陰本線亀岡駅からバスで行くが、タクシーの方が都合は良い。町から離れた田園地帯にあり、農民を中心とした信仰は篤いようだ。

★穴太寺の仁王門を入ると、左手に多宝塔がある。瓦葺きで、全体に安定した感じだ。高さは13メートルほど。江戸時代中期の再建で、府指定重文となっている。


穴太寺

★寺は奈良時代の開基で、その後度重なる火災等不幸が続いたが、現在は西国33観音霊場21番札所として、全国から信者がやってくる。境内には、仁王門、阿弥陀堂等幾つかの文化財があるが、庭園は特に名庭と言われるほど素晴らしいものだ。丹波の田舎にこのような寺があることは、貴重な存在だと思う。




◆見返り阿弥陀が有名[永観堂(禅林寺)・多宝塔](京都市左京区永観堂町48)

★京都駅からバスで行くが、大渋滞することが多いので、地下鉄の蹴上駅から行ったほうが良い。南禅寺前を通って15分程度だ。

★永観堂(禅林寺の境内は誠に広大で、多くの堂宇が散在するほか、各種の老木も多く、特に楓の木が多いため、秋のシーズンは紅葉の名所として名高い。私も毎年のように訪れるが、期待に反したことはない。

★多宝塔は境内の一番奥、急な石段をかなり登った山腹ぎりぎりのところに建っている。高さは10メートルあまり、整った形をしており、特に相輪は本格的なものだ。昭和4年の建立と新しいが、既に古色がついて貫禄がある。

永観堂(禅林寺)・多宝塔
境内の紅葉 紅葉&黄葉

★寺は平安時代、空海の弟子が開基したものというが、その後、永観律師が中興の祖となり、寺の名になったもののようだ。その後、盛衰を繰り返しながらも、歴代の尽力で今日の威容を形成して行ったという。

★永観堂の最大の見所は、阿弥陀堂にある「見返り阿弥陀」だ。顔を左に向けた珍しい姿をしており、阿弥陀如来が、永観律師を見返って、願いを聞いたものという。その姿は何回拝んでも忘れられない。この寺は、遠くから仏塔を見晴るかす景色や、境内の種々の植物を愛でること、特に紅葉の素晴らしさ等見所が多い。一日ゆっくりとしたいものだ。

以上で京都府を一応終わりとし、紹介出来なかった数多くの仏塔を一覧にしておきたい。




[京都府の仏塔一覧](既に取り上げたものを除く
<五重塔・三重塔・多宝塔・小塔>
[京都府]
  寺    社    名       所     在     地    
1.成相寺・五重塔  京都府宮津市成相寺339
2.法観寺・五重塔 京都市東山区清水哉八坂上町388
3.金剛院・三重塔  京都府舞鶴市鹿原595
4.三室戸寺・三重塔  京都府宇治市菟路滋賀谷21
5.西芳寺・三重塔  京都市西京区松尾神ヶ谷町56
6.成願寺・多宝塔     京都市右京区花園艮北町5
7.金胎寺・多宝塔     京都府相楽郡和束町原山鷲峰山9
8.大福光寺・多宝塔    京都府船井郡丹波町下山岩ノ上22
9.宝塔寺・多宝塔  京都市伏見区深草宝塔寺山町32
10.智恩寺・多宝塔     京都府宮津市文殊466
11.安楽寿院・多宝塔  京都市伏見区竹田内畑町118
12.円隆寺・多宝塔     京都府舞鶴市引土72
13.本法寺・多宝塔     京都市上京区小川通寺ノ内上ル
14.縁城寺・多宝塔 京都府中郡峰山町橋木873
15.神護寺・多宝塔     京都市右京区梅ヶ畑高雄町5
16,法輪寺・多宝塔     京都市西京区嵐山虚空蔵山町16
17.知恩院・多宝塔 京都市東山区林下町400
18.鞍馬寺・多宝塔     京都市左京区鞍馬本町1074
19.三明院・多宝塔     京都市左京区上高野西明寺山28
20.大覚寺・多宝塔     京都市右京区嵯峨大沢4
21.今熊野観音寺・多宝塔 京都市東山区泉湧寺山内32
22.教王護国寺・五重小塔  京都市南区九条町1

次回(連載第35回)は滋賀県編に入ります。

♪BGM:Chopin[Nocturne8]arrangeg by Pinn♪
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