いなほ随想

江戸三十三観音巡礼記

滝沢公夫(30法
文・写真

[その6]

[第二十九番 高野山東京別院]

広大な寺域

(宗派) 高野山真言宗・大本山 (本尊)聖観音

(所在地) 港区高輪3-15-18

(巡礼歌) ありがたや 高野の寺の 観世音

    大慈大悲に すがるうれしさ

高野山東京別院の巨大な本堂

★この寺は、高輪警察署のすぐそば、坂の上にあります。寺域は極めて広大で、常に新しい堂塔の建設が行われ、本堂をはじめとする豪壮な建築群とともに、集金力の凄さに驚かされます。江戸時代には、高野寺という寺が二か所あり、現在のものはそのうちの一つであろうということですが、必ずしも明確ではありません。

★ここは、江戸幕府と高野山江戸在番所との関係があり、昭和2年に高野山真言宗務出張所として発足したものです。札所本尊は、第四世増舜が、高野山・青厳寺から移してお祀りしたものといいます。観音の信仰は、大師信仰につながるとのことです。

沢山の仏像がごたごたと並べられ、なんだか良く理解できないままご朱印を頂戴しましたが、僧侶の態度は横柄でした。



[第三十番 一心寺]

新しい札所

(山号) 豊盛山 (宗派) 真言宗 (本尊) 聖観音

(所在地) 品川区北品川2-4

一心寺本堂

★この寺は、平成4年に新しく指定されたものです。旧品川宿の通りに面しており、入口は料理店のような雰囲気です。

★看板等すべて新しく、「長寿の神」「寿老人」等の表示もあります。「防犯カメラあり」の掲示にはげっそりします。本堂は、小さいながらも一応の風格はあります。老人にかなりの信仰を集めているようです。


[第三十一番 品川寺(ほんせんじ)]

寺格の高い寺

(山号) 海照山 (宗派) 真言宗醍醐派・別格本山 (本尊) 水月観音・聖観音

(所在地) 品川区南品川3-5-17

(巡礼歌) 夕つぐる 鐘の響きに 帰りませ

    救世の観音 ここにまします

品川寺本堂 同寺・江戸六地蔵第一番 同寺・交換された梵鐘

★この寺は、京浜急行青物市場駅近くにあります。別格本山の寺格を持ち、先住・順海大僧正は醍醐寺の座主に就いたほどの由緒ある寺だけあって、寺域は広大で、各種の建築物・仏像がひしめいています。ただ、本尊二体の拝観はできません。

本尊の一つを水月観音と称するのは、海中出現の由緒とも、ご利益が月が水に姿を映すように早いからともいわれます。また、太田道灌が、草堂に隠していた本尊を、一宇を建立して安置したため、軒瓦には太田氏の家紋がみられます。その後、北条氏政と武田信玄が戦った際、武田勢が観音を甲斐に持ち帰ったところ、良くないことが続き、遊行僧に返すように託しましたが、ようやく礎石を見つけて小堂を建立し、安置したといいます。

★また、この観音を祀り寺の基を作ったのは、承応元年(1652)、この地に来た法印弘尊であり、その墓石は境内の一隅にあります。しかし、明治初年の廃仏で荒廃し、弘尊上人が造った大梵鐘もパリ万博以降行方不明になりましたが、順海大僧正の努力で、スイスのジュネーブで発見され、返還されました。この縁から、品川区とジュネーブ市は姉妹都市になりました。

★この寺には、その他二つの鐘があり、また、白菊観音がありますが、これは戦犯を供養するため、東條英機未亡人により造立されたもので、複雑な感情を持たざるを得ません。

なお、寺の入口には、江戸六地蔵第一番の巨大な地蔵があり、都の文化財になっています。また、樹齢600年の大銀杏等もあり、見どころは多いです。



[第三十二番 観音寺(世田谷観音)]

建築物や仏像が散在

(山号) 世田谷山 (宗派) 単立寺院 (本尊) 聖観音

(所在地) 世田谷区下馬4-9-4

(巡礼歌) ありがたや その名聞こえし 世田谷の

    大悲したいて まいれもろびと

世田谷観音・札所観音堂

★この寺は、東急田園都市線三軒茶屋駅から徒歩20分ばかりのところにあります。寺域全体が小山のようになっており、入口の石段を登るあたりから、由緒ある寺格が感じられます。仏像が多く、それぞれが一堂に安置されているため、広大な寺域は建築物が散在しています。

★本尊は、かつて伊勢長島の興昭寺にありましたが、昭和26年、睦賢和尚がこの寺を開山するにあたって、移ってきたものといわれます。その他、鐘楼や梵鐘も他から移されたもので、また、池の中の観音、各堂の不動明王・阿弥陀如来・平和観音・慈母観音等参拝するものは多いです。特に、不動明王は鎌倉中期の法眼康円の作といわれます。広大な境内の清掃は行き届き、本当に心安らぐ寺です。



[第三十三番 瀧泉寺(目黒不動)]

大規模な結願寺

(山号) 泰叡山 (宗派) 天台宗 (本尊) 聖観音

(所在地) 目黒区下目黒3-20-26

(巡礼歌) 身と心 願いみちたる 不動瀧

    目黒の杜に おわす観音

目黒不動本堂 同寺札所観音堂

★この寺は、東急目蒲線不動前駅、またはバス停不動尊前で下車します。瀧泉寺といっても知る人は少ないですが、目黒不動といえば誰でも知っています。ただ、ここが結願寺であることを知る人は少ないでしょう。

★江戸時代でもここが結願寺であったのは、地理的関係でしょうが、寛永年間から参詣者が多くなり、堂塔が整備され、元禄年間には江戸第一の不動霊場になったということです。付近には多くの寺が密集していますが、この寺の規模・寺格・風格はずば抜けています。堂々たる本堂に比し、観音堂はささやかですが、本尊は八尺の大振りで、堂々としています。

★境内の建築物や石造物は多いですが、不動堂裏の露座の大日如来は特に素晴らしいものです。今まで廻った札所を思い起こし、数々の体験を偲びながら、ゆっくりと結願の感動を味わいたい寺です。




[番外 海雲寺]

(山号) 龍吟山 (宗派) 曹洞宗 (本尊) 十一面観音

(所在地) 品川区南品川3-5-21

(巡礼歌) 龍吟じ 品川の海に 雲おこり

    み仏の慈悲 ありがたきかな

海雲寺本堂

★この寺は、第三十一番の隣りにあります。品川の荒神さんという方が通りが良いです。建長3年(1251)の開山で、初め庵瑞林と称して臨済宗でしたが、慶長元年(1596)曹洞宗に改め、更に、寛文元年(1661)海雲寺と改称したといいます。

★堂々たる本堂に祀られる札所本尊は、堂の外からでも拝することができますが、伝春日作で、建長3年草創以来のものといいます。また、荒神は観音が応現したものといいます。



[おわりに]

★東京のど真ん中に、これらの寺々が散在して、多くの庶民の篤い信仰を得ていることを再認識した旅でした。寺の規模は総じて零細で、内容的にも玉石混交の感はありましたが、江戸札所がこのように蘇ったことに大きな感動を覚えました。知名度の低い寺が多く、閑散としている寺も多かったですが、根強い信仰と一部観光気分にも支えられて、力強く存在感を主張しているようでもありました。

★いずれにしても、身近に巡ることができる寺々のあることは、本当に幸せであると思います。それぞれの持ち味を発見するのも楽しいですし、寺の僧侶との各種会話や参詣者との温かい世間話も、私の人生にとって大きな収穫になった気分です。たとえ自己満足であっても、感動かあり、心の安らぎが得られれば、私にとっては十分です。それにしても、江戸札所を、もっと多くの人々に知って貰うことを念願しております。(完)

 [参考文献]

   「江戸三十三観音めぐり」 山田英二(大倉出版)

   「多宝塔の旅」 大原完爾(菅原印刷)

 

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