いなほ随想
特   集

西国三十三観音巡礼記

滝沢公夫(30法)
文・写真



[第20番札所 善峰寺]

善峰寺本堂
(同寺の絵葉書から転借)

山上の紅葉の名所 第二十番[善峰寺]
(山号)西山 (宗派)天台宗 (本尊)千手観音
(所在地)京都市西京区大原野小塩町1372
(巡礼歌)野をもすぎ山路に向ふ雨のそら 善峰よりも晴るる夕立


★善峰寺は紅葉の名所であり、巡礼のほかにもツアー参加で何回か訪れたことがあります。ただ、この寺は極めて交通の便が悪く、阪急東向日駅から小塩までバスで行き、ここから1時間ほど歩くことになります。しかし、バスは一日何本もなく、タクシーを使うか、ゆっくりとハイキング気分で行くよりほかありません。道はかなり急坂が続き、きつい道程です。坂の上に仁王門が現れますとほっとします。門を潜ると更に石段があり、正面に堂々たる本堂が現れます。本堂は瓦葺、元禄五年(1692)の再建で、本尊は仁弘法師作の千手観音です。

★この寺は、長元二年(1029)源算上人により創建され、一時は堂塔五十余りを擁しましたが、応仁の乱ですべて焼失。徳川綱吉の母・桂昌院により再建されて現在に至っています。寺域は極めて広大で、本堂からの眺めも素晴らしいものがあります。各種植物が植えられ、特に天然記念物の遊竜松は、横枝の長さが東西それぞれ23メートルもあります。

天然記念物の遊亀の松
同寺の拝観券から転借

★その他、多宝塔、経堂、釈迦堂、薬師堂、開山堂、鐘楼等の堂塔が丘陵に散在、極めて見所が多いです。苦労し登ってきた甲斐のある、充実した素晴らしい寺だと思います。300円の入山料は安いものです。


鐘楼(右)と多宝塔 向い山から善峰寺全景を望む
同寺の絵葉書から転借 同寺の絵葉書から転借




[第21番札所  穴太寺]


穴太寺本堂

明智光秀ゆかりの地 第二十一番[穴太寺]
(山号)菩提山 (宗派)天台宗山門派 (本尊)聖観音
(所在地)京都府亀山市曽我部町穴太東ノ辻46
(巡礼歌)かかる世に生れあふ身のあな憂やと 思はで頼め十声一声

★京都駅から山陰線に乗り、保津川の美しい渓谷を眺めていますと、三十分ほどで亀岡駅に着きます。ここは明智光秀の居城のあったところですが、観光ルートから外れているため、大変閑散とした落ち着いた町です。駅から寺までは、バスの本数が少ないので、タクシーを利用することになります。途中は実に長閑な田園風景です。

★穴太寺(あなおじ)の山門を入りますと、正面に中規模の本堂があります。寺域は意外に広く、本坊、鐘楼、念仏堂のほか多宝塔があり、池の復元も見られます。応和二年(962)、この地の宇治宮成の妻が、信仰心から、聖観音を彫刻させた仏師に夫の馬を与えたところ、夫が仏師を射殺してしまいました。夫が家に帰ってみますと、聖観音の胸に矢が刺さっていました。そこで夫は非行を悔やみ、堂宇を建立して観音像を安置したものといわれています。

仁王門 庭園
wikipediaから転借 wikipediaから転借

★三十三年に一度開扉される観音の胸には、今も傷跡があるそうです。堂内には、鎌倉時代の釈迦涅槃像もあり、体の悪いところを撫でれば快癒するといわれて黒光りしており、興味深い寺といえましょう。





[第22番札所 総持寺]


総持寺本堂

住宅地内の寺 第二十二番[総持寺]
(山号)補陀落山 (宗派)高野山真言宗 (本尊)千手観音
(所在地)大阪府茨木市総持寺町1-6-1(巡礼歌)おしなべておいもわかきも総持寺の 仏の誓い頼まぬになし


★総持寺は、阪急総持寺駅から十分ばかりの住宅地の中にあります。大きな石段を登ると門があり、正面
の本堂が迫ってきます。周辺の環境から一変する雰囲気です。


総持寺入り口

★仁和二年(886)、山陰中納言高房の子・政朝が、長谷観音の加護により千手観音を刻み、堂宇を建立し
たのがこの寺の起源といわれています。各種の伝説は、今昔物語にみられるようです。開基の政朝は、日
本包丁の元祖であるといわれます。寺域には政朝の木像や墓があります。

山門

★本堂は、豊臣秀頼が慶長六年(1603)に再建したものといわれ、古色蒼然たるものです。なお、巡礼歌に
は、最近まで差別用語が入っていたため、今のように改定されました。





[第23番札所 勝尾寺]


勝尾寺本堂
同寺絵葉書から転借

観光地・箕面の滝の近く 第二十三番[勝尾寺]
(山号)応頂山 (宗派)高野山真言宗 (本尊)十一面千手観音
(所在地)大阪府箕面市粟生間谷2914-1
(巡礼歌)重くとも罪にはのりの勝尾寺 仏を頼む身こそやすかれ

★勝尾寺は紅葉と滝で名高い箕面にあり、大阪勤務時代にも何回か観光で訪れたことがあります。阪急箕
面駅から渓谷沿いの道をのんびりと歩みますと、やがて壮大な滝が現れます。しばらくこの周辺の風物を楽
しみます。更に、多くの猿が出没する上り坂を喘ぎながら登っていきます。すると、ドライブウエーに面して大
きな山門があり、これを潜って行きますと、多宝塔があります。その前の石段を登りますと高台に出て、目の
前に巨大な本堂が現れます。本堂の前には巨大な香炉があります。


本堂 観音菩薩像と多宝塔
wikipediaから転借

★寺域は広大で、総体に良く清掃が行き届いており、清々しいものがあります。この寺は、善仲・善算の兄弟
が、神亀四年(727)、草堂を建てたのが始まりといわれます。その後、開成皇子が宝亀六年(775)、十一面観
音像と薬師如来像を安置し、平安時代に勝尾寺となりました。その後兵火で焼失しましたが、源頼朝が再興
に努力し、関連する石塔等も残っています。

勝尾寺全景
同寺絵葉書から転借

★本堂周辺には、荒神堂等多くの建物があり、薬師堂にある薬師三尊は平安初期の重文ですが、現在宝物
館に収蔵されています。やや不便なところにある寺ですが、一日ゆっくりと雰囲気を楽しめると思います。





[第24番札所 中山寺]

中山寺本堂と大願塔
wikipediaから転借

女性で賑わう 第二十四番[中山寺]
(山号)紫雲山 (宗派)真言宗中山寺派 (本尊)十一面観音
(所在地)兵庫県宝塚市中山寺2-11-1
(巡礼歌)野をもすぎ里をもゆきて中山の 寺へ参るは後の世のため


★阪急中山駅からすぐのところにこの寺はあります。安産、子育てに霊験新たかな寺として、女性の参詣で
平日でも大変賑わっています。それだけに、明るくて親しみの持てる雰囲気に包まれています。やや雑然と
した石畳を行き、石段を登りますと、休息所、手洗い鉢、太子堂、寺務所、五百羅漢、詠歌堂、地蔵尊、大黒
堂、閻魔堂、薬師堂等が次々と現れます。


山門 本堂

★更に、一段高いところには、豊臣秀頼が再建したといわれる本堂があります。寺の規模からみますと、か
なり大振りのものです。右側には腹帯授け所と納め所がみられます。腹帯の信仰には一連の哀話があるよ
うですが、謡曲「仲光」や歌舞伎「菅原伝授手習鑑」のもとになっているということです。

奥の院
wikipediaから転借

★女人済度のための著書のある聖徳太子がこの寺の創建者で、草創は四天王寺よりも古く、奈良時代に
は既にかなりの規模の寺になっていたとのことです。また、堂塔は度々兵火により焼失し、現在のものは豊
臣秀頼が再建したものです。いずれにしても、大変活気に溢れた寺でした。(続く)



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